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にえガレのブログ

「捉われずに拘る」をモットーにしております。

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にえ

Author:にえ
「Nie's garage」略して「にえガレ」のブログへようこそ!

『捉われずに拘る』をモットーにやっております。

2ストローク色がやや強そうにみえるかも知れませんが、4ストロークも含め どのようなバイクに乗っておられる方にも見ていただけるように配慮しているつもりです。

少しでも皆さんのお役に立てれば幸いです。

~Nie's garage OSAKA JAPAN~

☆お問い合わせはこちらまで☆
niesgarage@gmail.com

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2009.08
05
Category : どやさこやさ
本は、生きるにおいて、様々なヒントを与えてくれます。どうも私は、直接的な知識を広げる目的よりも、得られるヒントに重きをおいているように思います。
ここのこころ、すでに読んだ本を再読することが多かったのですが、ある方の勧めあって『坂の上の雲』を読み始めています。

ご存知、司馬遼太郎さんの作品です。歴史書?あるいは伝記?のようにも思える作品ですが、こと幕末~昭和初期にかけての歴史観にトコトン疎い私なので、鵜呑みにせず、まずは単なる小説として読んでいこうと思います。得るもの とても多く、読み進むのが楽しみです。しかし時に難解であり、苦しみも感じますが、恐らく人生の岐路に差し掛かったとき、また読んでしまうような気がいたします(まだ1度も読んでないのにねぇ~)。


数多くの作品を読む中で、「書くことを仕事」にするのは、本当に大変なことだと痛感します。

まぁ、そう短絡的ではないのでしょうが、自分の価値観を人目に晒さねばならないからです。
単なる物語であったにせよ、少なからず価値観は刷り込まれますからね。


さぁって、私自身、ほぼ毎日のように記事を綴っています(レベル…ウンと違ううのにねぇ…比べるなっちゅーの(笑))。
記事の中には、多分に私の価値観が刷り込まれています。

その中には、既存のものを批判する言葉も含まれています。

少し前までは、実は特定の何かを批判(あるいは指摘)したいのを、グッと堪えて書いていたように思います。
ところが、かえってそれは嫌味にうつってしまうようです。どうせモノをいうならば”余計な”気回しはせず、ズバっとかいた方が心地よいように思えてきました。

まぁ色々考えいたることがあり、今があるのですが…とても気分が楽になっています。
「あぁ、俺はこれでいいんだ」ということです。


「これでいい」といっても変化を嫌っているわけではありません。むしろ、ドンドン変わりゆく存在でありたいとは思います。
ただし、自分の軸なるものをはっきり持った上で…ということです。

「一言メッセージ」に書いている「The Changing Same」。私が生きるうえで大事にしていることです。

邦訳すると、「変わらずに変わりゆくもの」とでもなるのでしょうか。


 ¶


ある小説のあとがきにあった作者の言葉が、私の背中をポンと押してくれました。
何度も何度も読んだ本なのに、今までは気にもならなかった言葉です。
本や音楽にはそういうところがありますね。受け手側の心情次第ということなのでしょう。


以下の言葉を、自分の今の心情を整理する意味で綴りました。
誰かに向けたものではなく、自分への言葉です。



私の言葉は、どこか批判的です。何かに対してぶつかっていこうとする気概のようなものが、言葉にうつっていくのかも知れません。で、一体私は、何にぶつかっていこうとしているのだろうか…。

幼少期からのトラウマや、過去に起こった(あるいは自分のやらかしたこと)出来事…それらによってつくりあげれた今の自分。それが私の敵です。今の自分に打つ勝つことこそが、自分にとっての使命です…The Changing Same


何かを(あるいは誰かを)批判することは、特定のものへの個人攻撃のように受け入れられがちです。
しかし、本当にそうなのでしょうか。中にはそういうこともあるかも知れません。ただ、全てがそうだと決め付けるのは短絡的ではないかと思うのです。

本当に何かを批判や批評しようと思えば、自分を振り返らないわけにはいかないはず(少なくとも自分はそうだ)。そして、それを言葉に綴ることは、自分の価値観を他人に晒すことになります。

自分の価値観を晒すのは、ある意味、とても厳しいことです。

だけど…そんなものって、案外伝わりません。いや、案外どころか、殆ど伝わらない。人の意見を恐がってるわけじゃありませんし、もちろん拒絶だってしていません。
自分の覚悟を晒すことで「俺はこう思うけど、どうだ!?」と、”自分”に問い、同時に的確な(得てして客観的である)言葉を与えてくれる人に向けて発してもいる。

そのような言葉に耳を傾けてくださる方、また批判をしてくださる方がいること、とてもありがたく思います。
ただの感情的な悪口や陰口でなければ、肯定であれ否定であれ、相手(つまりは私)を伸ばす力になると思うからです。


しかし、それらをどう消化するのか?これもまた難しい問題です。

中には「これが正しい」と押し付けてくる方もいるからです。だけどね…それは違うと思います。
言われた方は、その内容をどの程度まで受け入れるのかを、自分自身でしっかり判断しなければなりません。
まるっきり「あぁそうなのだ」と受け入れてしまうようでは、いけないと思います。僕が僕がである意味がないからです。


誰がいったか?ではなく、何をいわれたのか?それこそが大事です。
じっくり判断し、取捨選択できるだけの余裕と冷静さを…言い換えれば柔軟さと強さを持たねばならないと思います。


まぁ、大事な部分を踏みにじられようと、柔軟に、そして強く対処すべきだということです。
柔軟さも強さも、自分があってこそ生まれてくるもの。一見すると背反する二つの言葉ではあるけれど、つまるところ”軸”がなければ存在し得ないもの。


今後もブレずにいきます。いこうと思います。そう、私は私なのだから。


強くなろうとせず、強くありたいと願おう。



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